支えられて生きていること

普段何気なく通り過ぎていた
近所の雑貨屋さんやレストランがことごとく閉まり
その壁の貼り紙をみて
初めてオーナーの名前を知ったりする

いつもは当たり前のように買えていたトイレットペーパーが買えなかったり
顔見知りの薬局の店員さんが
リスクを押して働いてくれるヒーローになったりする

当たり前のことが当たり前でなくなってしまって
不便なことはたくさんあるけれど
今になってはじめて
いかに自分たちの生活が
たくさんの人たちに支えられていたことに気づけたりする

『誰かが自分に与えてくれたものをすべて返すとしたら
私たちに残るものはなにもない』
というブッダの教えがある

人は、誰かに依存しなければ生きていけないということは
当たり前のようで、意外に忘れられてしまう真実だと思う

私がいまこうしてブログを書いているパソコンだって
誰かとても複雑な頭の人によってデザインされていて
誰かが繊細にそのデザインを形にし
優しい誰かがオンラインに載せ
たくましい誰かがトラックで運んでくれたからここにある

そして私がこれを買えたのは、
私を雇ってくれたクライアントがいたから
そして誰かが私を雇ってくれたのは、
両親が私に学びと経験の機会を与えてくれたから

私が食べている食事だって
誰かが素材を育ててくれて、加工してくれて
運んでくれて、販売してくれたから
私はこうして、いま生きている

たくさんの人が仕事を失ったり
いろいろなバランスが崩れるとき
私たちの人生が、いかに世界の様々な人たちの支えによって成り立っていたのかを知ることができる

不便なことは不便だけれど
この『不便』な環境から
全ての人たちが
私たちはみんな、支えあって生きていたんだということに
気づくことができたらどんなに素晴らしいだろう

何気なく通り過ぎていた全ての人たちが
繋がって、繋がって
私たちの人生を支えてくれていたのだということ

私たちの便利な生活の背後には
たくさんの人たちの優しさがあったのだということ

それに気づき、いつもありがたいな、と思うことができたら
私たちの人生は、もっと意味のある、繋がった
温かいものになると思う

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