私たち生きものは、
常に何かを感じている
気づいていても、いなくても
目が覚めてから、眠りに落ちるまで
夢の中でさえも
コントロールのできない感情に
コントロールされてしまっていることもしばしばあると思う
嫌な人に出会って嫌な気持ちになったり
(でも、毎日会わないといけない人だったり)
うるさいサイレンの音
Inboxに山積みの未返信のメールを見たときの憂鬱な気持ち
怒ってばかりいるあの人
気づかないうちに私たちの心に現れ
いつの間にか心を乗っ取ってしまう不快な気持ち
それらの感情は、どうしようもなく現れているようで、
実は、その前にひとつのステップがある
それは『識別』
私たちは、今までの習慣、思い込み、決めつけ、そして経験から
日々目にするものを無意識に識別している
『これは嫌なもの』
『これは好き』
『これは自分には関係のないもの』・・・
そして、その識別を基に
不快だと思ったり
なんとも思わなかったり
そして幸せな気持ちになったりする
だけど、その識別の方法は、
意外に適当だったり
的外れだったり
自分にとって得のない識別だったりする
たとえば初めて会った人を
瞬間的に「この人苦手だなぁ」と思うことのメリットは・・・
たぶんなし
反対にデメリットは
その瞬間に心の中に湧き上がる苦手な気持ち
心の中の嫌な気持ち話を聞いていてイライラしたり・・・
その気持ちはさらに、「この人は苦手」という気持ちに拍車をかけ
私たちがその人と関わることをどんどん苦痛にしていってしまう
だけど、本当は、「よく知らない」だけ
だったりする
その人にもその人を愛するお父さんとお母さんがいたこと
その人にも、自分と同じように辛くて寂しい夜があったこと
その人も、ただ自分と同じように、「幸せでいたい」
ただそれだけを願っているのだということ
(でもほとんどの人は、どうすればそれを叶えられるのかが分からなくて、いろんな感情の海を彷徨っている)
私たちの『識別』を変えると
私たちの『感情』は変わる
その嫌な人も、
私と同じ、悩みや苦しみや愛を抱える一人の人間だったりする
うるさいサイレンの音は
誰かが誰かを助けに向かう優しさの音 だったり
Inboxに山積みの未返信のメールは
あなたの存在を認めて、あなたに助けを求めて
時間を使ってメッセージを書いてくれた人たちの時間の塊
怒ってばかりいるあの人
きっと一番心が苦しいのは、怒っている本人なんだろう
たとえば何気なく見上げていた空も
「美しい」と思うたった一つの認識で
心はキラキラする
目の前のうるさい学生たちも
彼らを想う両親の愛や(私たちの両親が私たちを想ってくれたように)
またその心のポテンシャルを思うことで
私たちの心は温かくなる
ビデオ会議でスクリーンに現れる全ての人を
「優しい人たち」と認識することで
その会議はとてもありがたいものになる
なんだか嫌な気持ちになったら
何をどんな風に『識別』してしまったのか
ぜひ見てほしい
そしてその識別が
根拠のないものだったり
何かが大袈裟に誇張されたものではないか
気をつけて見てみてほしい
識別を、ポジティブで美しいものに変えることで
私たちの心に湧き上がる感情は変わる
周りの環境を変えなくても(それはとても難しい)
嫌な人たちを追いやってしまわなくても(これもとても難しい)
サイレンの音に耳を塞がなくても
Inboxから目をそらさなくても(目をそらしても、心は重かったり)
私たちの経験は変えることができる
私たちは識別を変えることで
優しい、幸せな気持ちを感じ続けることができる
美しい、優しい世界に住むことができる